人間以外の生命体における自由

カント哲学、実存主義をはじめ、ヨーロッパ哲学は、「人間は自由な存在である」ということを大前提にしている。そして、人間以外の生命体については、「理性が無い」「本能という自然必然性による行為しかできない」と言われる。つまり、人間だけは自然必然性の奴隷ではなく、自らの意志をもち、本質的には自由な意思決定のできる存在であるというのである。
しかし、私は、動物だって自由だと思うし、人間だって必然の奴隷だと思う。例えば、ある動物を、塀に内側に閉じ込めて、一方からヤリぶすまで責め立てたとしよう。その動物は、ありとあらゆる可能性のある行動から、自分を守るための努力をするだろう。そこには、「死から逃れる」ための、ありとあらゆる創意工夫がある。また、さらに攻撃が進み、もはや逃れられないのどそれが迫ってきた時、動物によっては絶望的な反撃をしたり、静かになってしまったり、本当に気を失ってしまったりするのではないか? それが示しているのは、「死から逃れよう」とする意志や行為は必然だが、そのための具体的な行為の意志は自由な選択ではないか?人間のどこが違うというのだ。