米国にて

1週間ほどの間、日本を離れて米国ノースカロライナにいった。春から初夏にかけての最高に美しく、爽やかな季節だ。
ここでも、日本の大震災には大きな関心と同情が寄せられている。
しかも、単なる募金活動にとどまらない支援の動きがある。
それは、折り紙の千羽鶴を折ってそれを支援団体に送る活動だ。これは、非常に多くのところで行なわれているらしく、私はこちらの日本語補習校で沢山の子供達に混じって折鶴を折ってきた。息子の嫁が、折鶴を子供達に教えているので、いろんな人が声をかけてくる。
実は、折鶴を実際に送ることはできないらしい。折鶴を売ったり、その数だけ基金から募金したりしているようだ。それは、心を送るための象徴的活動なのだ。
米国での報道、特に原発関連のそれは、あまり正確ではなく、中には不愉快なものもあるが、人々の善意は確かに感じられる。
久しぶりに、息子、嫁、孫達に囲まれて、小鳥のさえずりを聞き、新緑を渡ってくる微風の中にいると、大災害が夢のような気がしてくる。
日本に帰国すると、周囲を見る視点が少し変化し、新鮮に感じられる。
あまり一箇所に固執しないで、世界を自分の住まいとして感じられるようになれば、きっと、広い視野と心を持った人間になれるのではないかと思う。
もっと、もっと自由になりたい。